特別回収班の悲劇

2006年4月9日
「死産です・・順調だったのにお気の毒です・・・」

分娩室から出てきた医師の言葉にB氏は言葉を失いました。

 「ああ、やっぱりな・・怨まれないわけがないよな」

話は1年前にさかのぼります。某大手都市銀行からサラ金のA社にスカウトされたB氏は持ち前の手腕を発揮して回収の実績を大いに上げ20代の若さで「特別回収班」に抜擢されました。雰囲気は暗かったのですが・・
社内では上司には評価され、血も涙も無い回収ぶりで給料の歩合はうなぎのぼり。得意の絶頂の中で結婚。まさに「我が世の春」です。
「妊婦にだけは慎重に」という上司の言葉も上の空。

そんなある日のこと、回収に訪れたのは新婚夫婦の住むアパート。暮らし向きが苦しいことは一目で分かりました。応対に出たのは身重の奥さん。病弱な感じですが、同情などしていられません。
「あんたの医療費にかかった?関係ないね。XXX万円、どうやって返済するつもり?あるじゃない、出産の費用?知らないよ。流産したら安く済むんじゃないの・・」
目いっぱいすご味を利かせてなにがしかのお金を「回収」して次の回収先へ。
「今日も快調だな・・嫁さんに何か買って帰ろうか・・」

その夜のことです。「ねぇ、お腹の子、動いてるよ・」
奥さんの笑顔に促されて彼女のお腹に耳を当てると・・
聞こえてきたのは、女のすすりなき・・
(気のせいだよな・・金を返さない奴が悪いんだから)
しかし、B氏は眠れぬままに朝を迎えました。

翌日、出社すると上司のC班長が別室に呼びます。部屋に入ると見なれぬ人物。「警察の方だ・・」とC班長。ここでB氏は、昨日の女性が昨夜、精神的なショックで「切迫流産」になったこと、夫が警察に届けたためにB氏は「脅迫」どかろか「暴行傷害」の容疑がかけられていることを告げられました。
後日出頭するということで、なんとか警察には許してもらったものの、C班長からは異動を打診されました。
「君には私の後を継いでもらいたいと思っている。しかしここしばらくはおとなしくしろ。産まれてくる子どものためだと思って・・私だって他人事じゃないんだ」
その夜から、B氏はうなされつづけました。赤ちゃんが泣きながらまとわりついて離れないのです。奥さんに「どうしたの?」と聞かれても、話すわけにはいきません。
内勤に移って数日後、奥さんが産気付いたとの報せ。
しかし、B氏を待っていたのは「死産」という悲劇。

失意のままに日は過ぎ警察へ出頭する日。
「奥さん、気の毒だったね。まぁ、こちらの調書も形式的なものだから・・」刑事は事務的に調書を作成しました。「ハイ、ごくろうさん。まぁ、一服してよ」
タバコを勧めながら刑事はしきりに慰めます。
「金貸しは怨まれてなんぼの商売だしねー。でもおたくの回収班は特別だね、あんたも覚悟してはいただろうけど」「え?」聞き返したB氏に刑事は恐るべき事実を告げました。
「だってさ、上司のCさんね、子どもが2人とも重度の障害児で産まれてきたんだよ。君の同僚のD君ね、子どもが難病にかかって大変だとかでね、飲んで泣き喚いてウチで保護したことあるよ。前の班長だったEさんはね、子どもが精神障害になって奥さんに重傷負わせた挙げ句に近所の人を殺しちゃってね、損害賠償は大変だし、奥さんは植物状態だし・・・みんな、回収班に入ってからのことだよ。結局ね、稼いでもみんな消えちゃうんだよねー、治療費だの賠償だのってさ。つらいだろうけど、死産で済んだだけマシじゃないの」
翌日、B氏は例の新婚夫婦を訪ねて土下座して詫びた上「自己破産」の手続きを説明して書類を渡しました。その夜は夢枕に赤ちゃんが二人も出てきましたが、笑っていたそうです。
今もB氏は回収の仕事をしていますが、評価はさっぱりだそうです。妊婦や病人の顧客には「自己破産」を耳打ちしてしまうからかも。その後に産まれた子どもは元気に育っているとか。

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